アーバンライフ
都市生活クリエータブログ

東京慕情ー水の旅(鶴田昭二)

鶴田昭二(Tsuruta Shoji)/編集者

東京が水都であったことが忘れられて久しい。しかしほんの数十年前には、筆者が育った新宿区でも、神田川、外堀と水辺は身近であった。都心の銀座でさえ運河に囲まれていて、橋の下には街灯が水にゆれていた。映画「君の名は」の数寄屋橋の逢瀬は、ロバート・テイラーの「哀愁」に登場するロンドンのテムズ川にも匹敵する名場面であり、東京の水辺は、絵画に音楽に映画に数々の名作誕生をうながした。水を忘れた都市は滅びるといわれる。都市空間の水辺の魅力を取り戻し、ふたたび水環境がゆたかになることを願って、TOKYOの国際的な「水辺力」に迫っていく。

「神田川はいまもながれる」その5

2007年01月22日

kさんの自宅の吉祥寺、つまり神田川の水源はまだまだ遠い。どころか、いまは出発して間がないのである。あまり歩いていないから疲れてもいない。そのゆとりからKさんの脳裏には、このあたりの昔の光景が次々と浮んでは消えた。

「神田川はいまもながれる」その4 よみがえれ!巨象講談社

2007年01月10日

目白、関口を流れる神田川の斜面には、講談社の諸施設がある。社長一族も邸を構えている。

本社ビルは、目白台から大塚に向かって下った音羽にある。26階の高層ビルで、文京区内では、シビックセンターについで、2番目に高いビルである。

わたしは、この講談社で30年の長きにわたって編集の仕事をやってきたので、少し講談社について語ることを許してもらいたい。

「神田川はいまもながれる」その3

2006年12月12日

台地が急傾斜して低地にくだる地形は、東京ではところどころに見うけられる。そんな崖地に緑の連なりを見つけたりすると、かつての武蔵野台地の斜面林もかくやと想像できる。
崖に樹木がはりついている風景はまことにうつくしい。まわりがひらけていて、緑が一望できるような場所だと、東京の緑地もまだまだすてたもんじゃないと、高度成長、列島改造で東京の景観が改変されていささか喪失していた自信までよみがえってくる。

「神田川はいまもながれる」その2

2006年10月24日

出版社のK社長が、傷だらけの顔をさらしながらかたったはなしはこうだった。

ちかごろ運動不足を感じていたkさんはその夕方突然一念発起して、自宅の吉祥寺まであるいて帰ることを思いたった。

会社は文京区小石川2丁目であるから、約20キロの道のりである。

もし東京が直下型地震に襲われたら、いやおうなく帰宅難民になってしまう。そうならないためにも自宅までの徒歩帰宅の訓練をしてみようと、別の考えがよぎったかもしれない。

「神田川はいまもながれる」その1

2006年10月11日

水の都といわれて連想する日本の町はどこだろうか。
舟で観光ができる柳川や水郷、原爆の死者をいたんで灯ろうを流す太田川の広島、川にせり出した料亭の桟敷で涼をたのしむ京都、賑わいの意味をこめて八百八橋とよばれた大阪。
都市を縦横に川や運河がはしり、そこに人情がまつわっていたのは東京もそうであった。

鶴田昭二 プロフィール

2006年10月10日

■プロフィール

東京新宿区出身。大学卒業後出版社に入社。月刊総合誌、漫画週刊誌、美術図書、事典編集などをへて現在フリーランスの出版プロデューサー。大型自然図譜の出版では、フランクフルトの国際ブックフェアーで「世界で一番美しい本」を受賞。自然図譜や東京のアーカイブにも関心が深い。
水辺についてはライフワークとしてすでに30年かかわっている。とくに都市河川の魅力を発掘するため、首都圏の水辺環境を歩いて観察している。都心の水辺としては、外堀、神田川、日本橋川、隅田川、亀島川、築地川、首都圏の川は、目黒川、石神井川、荒川、多摩川、江戸川、玉川上水など多くの川を踏破。また利根川、信濃川、広瀬川など地方都市の川も歩いてきた。日本ペンクラブ会員。環境ジャーナリストの会会員。