

曲木椅子No.14物語(大串哲郎)
ドイツの家具職人ミヒャエル・トーネットが1859年に発表した曲木椅子No.14は ヨーロッパで興った産業革命と大きな関わりがあります。18世紀末から19世紀 初頭にかけてのヨーロッパ、特に世界都市ウイーンの歴史的背景と職人M.トー ネットが曲木技術を家具製作に応用した流れを辿っていきます。
ヨーロッパの街には曲木椅子が良く似合う
ヨーロッパを旅行すると、街角のカフェでは曲木の椅子をよく目にします。
曲木の椅子が街の風景に自然と溶け込んでしまうのはなぜだろうと考えてみますと、曲木は自然の中で見受けられる曲線に近いラインがあるからだという事に思い至ります。並木道の木々や草花、人体のシルエットのラインにも通じ、はたまたセーヌ川、ライン川やドナウ川など滔滔と流れ蛇行する川にも曲線が見て取れます。自然界には直線で出来ているものは少なく、連続した曲線から出来ているといってもいいかもしれません。
曲木椅子は後脚と背が一本の丸棒を曲げて作られています。丸棒といっても、直径の大きさが太い・細いで強弱が付けられています。また、座も木枠が丸か角に丸味のついた形で構成されているので全体的に丸味を帯びて柔らかい感じがします。この“人工的に曲げた木”が自然界の曲線とよく合います。直線を使う現代のミニマルデザインとは対極にありますが、19世紀半ばに開発、発売された当時においては斬新でミニマルなフォルムであった事でしょう。貴族の特権階級に向けて作られていた時代家具から庶民のための家具へ。そして、時代家具と違って装飾を排除したデザインはミニマルそのものです。
中でもNo.14の椅子は“最初のコンシューマー・チェアー”と呼ばれ、1859年に生産が開始されてから40年間で5千万脚以上が世界に供給され、今でも生産され続けています。今までの累計でも2億脚近く生産されたものと考えられています。
デザインは曲木の加工技術の理にかなった形であり、美しく流れるような曲線は素材と技術を無理なく融合させた形になっています。6個のパーツで構成されており、当時の手工業生産ラインの中でも分業する事ができ、大量生産に結びついているのです。
18世紀後半から始まった産業革命は労働者の移動を活発にさせ、庶民の生活様式も変わりました。カフェ文化が市民生活の中に入り込み、その為の椅子として曲木椅子がもてはやされたのです。この曲木椅子No.14を生んだミヒャエル・トーネットの足跡を辿り、歴史が椅子を育ててゆく背景も交えて綴って行こうと思います。
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