

歴史都市ウィーンを規範に文化都市<東京>を見つめ直すフォーラム(吉村實)
パリのシャンゼリゼ通りやウィーンの環状道路が何故美しいのか何時も考えます。それらが建設されたのはたかだか150年ほど前です。大戦による被災後も再建しその美しさを維持しています。また1200年の京都、300年の江戸は町屋という衛生的な美しい町づくりが行われました。翻って現代の東京を見ると、機能美といいながら行政や企業側の論理で町が出来、何処も近似になっています。そこには一方の価値観で、市民を含めた共通の価値観が見いだせません。それは不便さも美学的に納得されるものであれば文化として意味を持つものなのに、エトス(社会全体の共有の美学)と呼ばれるものが議論されない社会風潮に原因があるかと思います。市民社会の形成時に芸術家が関与し独特の街を作り上げたウィーンをモデルに現代の都市/生活環境を考える広場にしたいと思っています。
飛騨高山美術館
このGWに世界遺産に登録された白川郷に初めて行って来ました。近くの飛騨高山、下呂温泉は何回か行きましたが、初めて奥に脚を伸ばし合掌造りの集落を確認してきました。しかしながら今回はその報告ではなく再度お尋ねした飛騨高山美術館について書きます。
伝統的な古い街並みを残す高山市はそれらが観光地で多くに人手で賑わっている。市の中を流れる宮川沿いもまた風情を残している。JR高山駅はそれらの西側にあり、線路を越すと国道41号線で富山と名古屋を繋ぐ幹線道路が走り、旧市街はいわば駅の東側のみといえる。しかしながら西側の国道158号線に入った直ぐの小高い丘の上に飛騨高山美術館はある。今年もまた途中で寄りました。今年から駅からのシャトルバスとして赤いロンドンバスが走っていて驚きました。(運行期間4月から10月まで)
ここは10年ほど前に開館した新しい美術館であるが、何故脚が向くかというとJ・ホフマン(Josef Hoffmann 1870-1954)が常設されているからである。ナンシー派のアールヌーボーの硝子コレクションは見事で、VASE(花器)やBOWL(鉢)が美しくまた艶めかしく展示されている。またブリッジを渡った別棟は4つの部屋があり、アールヌーボーのエミール・ガレ(E mile Galle 1846-1904)、ルイ・マジョレル(Louis Majorelle 1859-1926)、グラスゴーのC.R.マッキントッシュ(C.R.Machintosh 1868-1928)、そしてウィーン分離派とそれぞれが家具、照明器具、周辺の小物を揃えそれぞれの色合いでインテリアが総合的に展示されている。ウィーン分離派の部屋はホフマンのコラー邸(1912-14 Koller Haus)の食堂テーブルと椅子、食器棚を中心にモザーの照明器具、ワグナーの郵便貯金局の記載台などがあり、以前よりもインテリア・コレクションが増えそれなりに雰囲気が伝えられていて、楽しく見てきました。またナンシー派の硝子工芸のショウケースの一隅にJ・ホフマン。K・モザー、O・プルッチャーの花器や鉢がヨハン・レッツ・ヴィトヴェ・硝子工場(Lotz Witwe)によって制作されたものが新たに展示されていて大変喜ばしかった。なかなかウィーン・デザインを総合的に示す場所は少なくこの飛騨高山美術館は大変貴重でお出掛け下さい。
一方この5月15日をもって新宿東京ガス・OZONEのウィーン・スタイル(現プレ・モダン・スタイル)が閉鎖されました。1994年にショウルームの設計を行い、ウィーン・スタイルの普遍化のお手伝いをしてきましたが、ウィーン・デザインを伝える情報基地が一つなくなりました。残念です。

高山美術館全景(同館カタログより)

入り口ホールにあるルネ・ラリックのシャンゼリゼ・ショッピングアーケードの噴水(1926)(同館カタログより)

マッキントッシュの部屋1

マッキントッシュの部屋2

ウィーン分離派の部屋1

ウィーン分離派の部屋2
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■コメント
吉村さま、こんんちは!
先日は当館にお越し頂き本当にありがとうございました。
またこのようにブログに書いて頂き感謝の想いでいっぱいです。
私自身、まだまだウィーン分離派については勉強中で吉村さまほど詳しくはありませんが、ホフマンの家具は大好きです!
またいつでも、お越し下さいませ!
当館のブログで是非この記事を紹介させてください。
よろしくお願い致します。
晩云繁とロシア繁が
ノリ
敢湿 拍湿などは
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