

曲木椅子No.14物語(大串哲郎)
ドイツの家具職人ミヒャエル・トーネットが1859年に発表した曲木椅子No.14は ヨーロッパで興った産業革命と大きな関わりがあります。18世紀末から19世紀 初頭にかけてのヨーロッパ、特に世界都市ウイーンの歴史的背景と職人M.トー ネットが曲木技術を家具製作に応用した流れを辿っていきます。
曲木椅子No.14の誕生
1857年に取得した量産曲木加工の特許(「水蒸気または煮沸する液体の作用を応用して生ずる力による曲木の椅子類及びテーブルの脚等に関する加工方法」)はトーネット社に曲木家具市場を13年間に亘り独占させることになりました。それでも当時の特許申請はは技術的な特許の取得が主で、意匠に対する特許については存在していませんでした。
単一材による曲木加工の特許を取得したのを期に、チェコのモラヴィア地方のコリッチャヌイに工場を作りました。当初は曲木の加工とサンディングをおこない、それまでの主工場だったウィーンの工場は曲げベニヤの一部部材の加工と組立て、塗装をおこないました。
ミヒャエル・トーネットの天賦の才は、曲木家具の生産工程に多くの機械を導入した上で全てのモデルに効果的で独創的な手工業的工作の余地を加えたところにありました。

No.14の形と技術の変遷
1859年 No.14が発表されます。二本の前脚、一本の後脚と背の飾り木、籐を編み込んだ座枠、座の下の補強リングの六つの部品で構成されており、木ネジとスクリューボルトで組付ければ充分な強度を得られる構造となっています。また、各部品は他のモデルとの互換性も考慮されており、特に丸い座枠はいろんなモデルに応用され部品の互換の基本となりました。
当初は旧新各工場の設備によって何種類かの形と仕様がありました。先ず、No.14の元となったNo.8、No.9の部品を利用し、補強リングのないプロトモデル。そのプロトモデルに補強リングを取り付けた旧設備工場のモデル。新しい曲木加工設備をそなえたコリッチャヌイ工場で生産した全パーツが単一材を曲げて組み合わされた量産モデルの三種類です。それにコリッチャヌイ工場の部材を旧工場に移し、曲げベニヤ工法のパーツと組合せたものもありました。最終的には量産モデルの単一材(ムク材)の曲木で組合せたNo.14が生産効率も良く、工程も少ない為にこの組み合わせに集約されてゆきます。
基本的な部品で構成された量産モデルのNo.14
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