伝統と文化
都市生活クリエータブログ

曲木椅子No.14物語(大串哲郎)

大串哲郎(Ogushi Tetsuro)/家具輸入販売会社 取締役商品担当

ドイツの家具職人ミヒャエル・トーネットが1859年に発表した曲木椅子No.14は ヨーロッパで興った産業革命と大きな関わりがあります。18世紀末から19世紀 初頭にかけてのヨーロッパ、特に世界都市ウイーンの歴史的背景と職人M.トー ネットが曲木技術を家具製作に応用した流れを辿っていきます。

トーネットが考案したNo.14の生産方法

2007年12月20日

 座の籐は曲木椅子No.1を商品化した初期の頃から利用されており、原産地の東南アジアから輸入されていました。座枠に穴を穿ち、「籠目編み」という編み方で一つの穴に籐紐を六回通して編んであります。この籐編みは手先の器用な女性にうってつけの仕事でした。また、生産量が増えると、工場近在の農家の副業として安い工賃で大量に作られました

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手で編まれた籐張りの座面

 各部品は椅子の形に一度組み立てられ、塗装が施された後、再び分解されます。各部品には符号が付けられ、再度組合せる時に同じ符号同士の部品で組み立てるように考えられています。それは各パーツの組み立て方が一脚一脚微妙に違う位置と角度で木ネジやスクリューボルトを取り付けられたためです。

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木箱に詰められた曲木椅子の部品

 分解した椅子は約1立方メートルの木箱に36脚分が入れられ、梱包されました。その中には組立てに必要な木ネジやスクリューボルトも入れられ、消費地での組立てが容易な様に工夫されていました。
 木箱の寸法はタテ110cm×ヨコ97cm×タカサ75cmあり、36脚のNo.14を入れることが出来、全体で220?240?になりました。この木箱は、当時の大量輸送の主役である鉄道の貨車の中に2列3段ピッタリ納まるように考慮されていました。
 ミヒャエル・トーネットの独創的なデザインとアイデアが、少ない部品の組み合わせで強い構造の椅子を生み、機械化による均質性が部品の補充や互換性を容易にしました。そして、分解(ノックダウン)が保管や輸送コストの低減に重要な要素となりました。

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分解されたNo.14】6つの曲木の部品と組立て用金具

 ギルド(専門職人)を必要としない分業化された作業工程と労働者の半数近くを婦女子や若年の力に頼ることで、労働賃金を低く抑えることができました。これは『軽くて、強くて丈夫。美しく、しかも安い』商品を大量に供給する近代的生産管理の基本であることに違いありません。

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