

犬とパートナーとしての暮らしをデザインする(数馬桂子)
このコミュニティは、犬との暮らしをこよなく愛する一人一人がより楽しく、より豊かになるための暮らし方をデザインしていきます。
暮らし…衣・食・住・遊そして寝…シーンを見つめ、デザインしていくことは、犬と暮らすことを、愛する喜びです。コンセプトは、
「よりワンダフルな暮らしを!!」
犬、たかが犬、去れど犬との暮らしー2
<前回から続きます>
犬を飼っている、というのではなく、犬と暮らしている、と感じだしたのは、子育てを終え、子どもたちがそれぞれ自活しだしたのち、わが家にビクトリアがやってきてからのことです。
ビクトリアは、グレートピレニーズの女の子で、生後42日めの2001年1月22日にやってきました。
真っ白なやわらかなフワフワとしたモヘア毛糸の玉のようにころころとしたビクトリアは、ブイと呼ばれるようになり、すぐにエンプティネスト状態だったわが家の中心メンバーになりました。
私たちの暮らしが変化したことを、エピソードとして語るとさまざまなことがあげられますが、ポイントをピックアップしてみます。
最初の変化は、私と夫はすぐに、ブイの「お父さん、お母さん」になっていきました。
犬は、人間でいうと、3歳児の知能を持っていると言われています。すると、犬は1年後には、成犬になりますが、知能は3歳児のままでストップしますので、幼稚園の年少組なわけで・・・お父さんも、お母さんもズーッと3歳児のお父さん、お母さんなわけです。
よく、犬に対して幼児語で話しかけている光景に出会いますが、この3歳児がいつも周辺にいる感覚が、家族間にやわらかな、やさしい空気を生み出しているのだと思います。いたずらな天使がいつもいる・・・
わが家も全く同様でした、夫と私、夫の母親、それぞれがこの愛すべき3歳児を中心において、時の経過とともに、家中がやわらかく、やさしい風が吹いているようないい感じになっています。

次の変化は具体的な変化です。
ブイが10ヶ月を過ぎ、冬に向かうころ、突然、わが家に犬小屋増築計画が浮上しました。
普通に言えば、寝室増築ということですが、私たちの寝室に、プラス 留守番をしているブイの部屋付きです。
考え方としては、犬小屋に私と夫が眠る、ということでした。
それまでは帰宅後、ブイを居間に入れ、一緒に過ごし、おやすみなさいの挨拶ののち、ブイは自分のスペースの小屋へ、私たちは、それぞれ2回の寝室へ、と別れ別れになる・・・・

「どうにかならんか!!ブイと一緒に寝たいんだ!」 夫の発案に、二人で考えたのが、少々狭い寝室になるが、リビングの先に作ってあるブイのオープンスペースに、リビングと続いた3部屋を作る、ということでした。
この3部屋が出来上がったときのワクワクした気持ちは、なかなかのものでした。「暮らしそのものへの期待」と言ったらよいのでしょうか〜〜〜これからどんな暮らしが始るのか〜〜〜
1月中旬に出来上がり、2回から移動、その日から家にいるほとんどの時間をブイと過ごすようになりました。
次の変化は、留守番の時、一人でいるブイが可哀想だ・・・仲間を連れてきてやろう・・
3ヵ月後、2001年4月にブイと同犬種の男の子が家族に加わりました。

ウチの歴史の中で、犬では、初めての男の子、シュンタと名づけました。エンプティネスト(空の巣症候群)である私たちを、象徴するようなネーミングであった、と今でも思っています。
ペットのネーミングも面白いエピソードがたくさんあるのではないでしょうか?
「あなたの家のペットのお名前は?」
「どうして、その名前になったのでしょう。ネーミングの由来をお聞かせください。」
このようなアンケートを1000件とったら、かなり面白い結果が出、世相を分析したり、家族意識の調査に役立ったりするのではないか、と思ったりするほどです。
ウチのシュンタの名は、親元を巣立っていった2人の息子、大輔、俊介と申しますが、一文字づつを組み合わせ、俊大と書き、「シュンタ」と呼ぶようにしました。
V(ブイ)は1人娘のわがままな1歳4ヶ月のお姉さんでしたが、ごく自然に受け入れ、とても仲良く二人でのお留守番が始りました。
夜になると、親子4人でリビングで過ごし、眠るときは、お父さんのベッドにブイ、私のベッドにシュンタというスタイルが出来上がりました。
ふたつのベッドは、ブイとシュンタと一緒に眠るために、シンプルで、マットの硬い、それぞれダブルベッドに換えました。
シュンタは7ヶ月で、ブイの大きさを軽く越えました。横に長く、もしくは、仰向けに、ノビノビと寝ますと、私よりも、縦も、横も大きい子でしたから、ダブルベッドでも小さく感じ、隣にシングルをくっつけようか・・・と思うほどの状態がスリーピングライフでした。
第4の変化は、わが家の敷地の裏(山林地名の雑木林)の土地を購入。ドッグランを作ったことです。
ドッグランと言うには面積が小さなものですが、ノーリードで遊びまわれる、100坪ほどのオープンスペースです。

もともと雑木林の中の1軒家でしたので、購入した土地も、ひのき、杉、楢、クヌギ そして、竹といった木々の生えている土地でしたので、10メーターほど、埋め立て、平らな土地にし、ランを作るのは、犬小屋計画より、大掛かりなことになりました。
小型ですが、ダンプカーで土を大量に運びこみ、造成地にしたのですから、犬のために・・・とは大きな声では言えない・・・

なぜ、そのようなことになったか・・・
犬には、必要な毎日の日課、散歩が原因でした。
ブイ一頭の時は何不自由もなく、不都合もなく、雨の日も台風でも、散歩をしていたのですが、シュンタはそうはいかなかったのです。
半年間は、2頭になってもつつがなく、朝晩1時間づつの散歩をしました。
ところが、シュンタが7ヵ月を過ぎ、大人になって・・・力も強くなると同時に、外敵に対する警戒心も強くなり、攻撃的な行動が、生まれてきました。
グレートピレニーズは、もともと羊の番犬です。ピレネー山脈のふもとでは、狼や熊と戦い、羊を護っていたDNAを持つ犬種です。自分のテリトリーだと思っている区域に入っている人、モノは全て、外敵になるのでしょうか・・・散歩の途中で、犬を連れていない人でも、自動車にでも、猛烈に攻撃をしかけるようになりました。
常日頃がおとなしく、オズオズとした風情、遠慮がちの子でしたから、まさに豹変としか言いようの無い、猛り狂う様子は、私には手に負えなくなることが明白でした。
何か、事故がおきたら・・・人さまに噛み付き、怪我を負わせてしまったら・・・それは、そのまま、シュンタとの別れを意味していました。
保健所行き ということにだけはしたくない、私たちには、シュンタの寿命をまっとうさせる責任がある、と、夫と私は考えました。
私に甘さがあったと反省しました。
「ブイが大丈夫だったのだから、きっと、男の子でも制御できるわ。私はおおきいんだから・・・」
ランは、木製の柵囲いをし、炭に10畳ほどの高床デッキを作りました。ベンチを置き、部位とシュンタの雨宿り用に、2畳ほどの小屋も作りました。

私たちが、犬たちと、大空のもと、満天の星のもと、静かに過ごせる場になりました。
毎日の散歩のかわりに、ランまで出かけ、皆で遊ぶことが日課になりました。
ここまでお話しました変化は、犬と暮らしだしてからの「ライフスタイルの変化」です。
次次回に続きます。
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