

歴史都市ウィーンを規範に文化都市<東京>を見つめ直すフォーラム(吉村實)
パリのシャンゼリゼ通りやウィーンの環状道路が何故美しいのか何時も考えます。それらが建設されたのはたかだか150年ほど前です。大戦による被災後も再建しその美しさを維持しています。また1200年の京都、300年の江戸は町屋という衛生的な美しい町づくりが行われました。翻って現代の東京を見ると、機能美といいながら行政や企業側の論理で町が出来、何処も近似になっています。そこには一方の価値観で、市民を含めた共通の価値観が見いだせません。それは不便さも美学的に納得されるものであれば文化として意味を持つものなのに、エトス(社会全体の共有の美学)と呼ばれるものが議論されない社会風潮に原因があるかと思います。市民社会の形成時に芸術家が関与し独特の街を作り上げたウィーンをモデルに現代の都市/生活環境を考える広場にしたいと思っています。
クリムト 4
1897年に設立されたクリムトら分離派は、まず自らの情報発信基地としてのカールス広場にゼセッシオン・ハウス(分離派館)の建設に掛かる。設計担当はO・ワグナーの高弟ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒ(Josef Maria Olblich 1867-1908)であるがその建設コンセプトにおいてクリムトも多くのスケッチを描き残している。

竣工を待つまでもなく1898年の初頭にパークリング12の造園協会の施設を借りて「生活の必需」というテーマで第一回展を開催する。分離派は思想的に反体制ながら政治的思想ではなく芸術の新たな表現者集団としての認定なのかそのオープニング式典にフランツ・ヨーゼフ皇帝の臨席を仰いでいる。この展覧会は絵画の展示ということのみではなく、オルブリッヒとホフマンが室内装飾を担当しウィーンの市民のための新しい生活の<美学基準>を提案したのである。展示は当時としては珍しく鑑賞者の眼の高さに合わせて絵画の展示をし(それまでの絵画の展示は壁一杯に何層も貼り付けていた)、生活空間に使われるであろう新しい家具や植栽をも展示し、それは多くの来場者に受け入れられた。ウィーンの市民もまたそれを望んでいたのであろう。


この第一回展のポスター(クリムト2参照) を担当したクリムトはテセウスがミノタウロスに挑む構図で、保守的な芸術家協会に分離派が挑む隠喩を込めて描いた。大変に挑戦的な構図で行政を刺激したことは想像に難くない。そのためかこの第一校は検閲に掛かり陰部を隠すように指導されたエピソードを持つ。この時出品した「ソニア・クニップスの肖像」は、顔は古典的なリアリティ技法で、服装や背景は印象派や象徴派的な手法を取り入れ、新しい肖像画として評価を受ける。

また分離派は機関誌「フェル・サクルム」(VER SACRUM聖なる春)を創刊する。巻頭に「我々は“大芸術”と“小芸術”との区別、富者のための芸術と貧者のための芸術の区別を知らない。芸術は万人のものだからである。」と謳った。巻毎に担当者が責任を持って主管し各々の芸術観を文字やイラストによって表現する場面を用意した。勿論これには外国の新しい芸術観を持つ芸術家にも開き新しい芸術の考えを社会に知らしめる媒体になっていた。 一つのイデオロギーに収斂させるのではなく、新しい芸術の為に門戸を開けようとする者には寛容であった。 この第一回の出版に関して、 後にこの分離派批判を行うアドルフ・ロースもまた 「ポチョムキン都市」と題して 書き割り的で空間のない環状道路様式建築の批判を寄稿している。 この創刊号の表紙は画家アルフレート・ローラー(Alfred Roller1864-1935)が担当した。果実を持つ樹木が鉢のタガを壊し大きく外に根を張ろうとする若いエネルギーを表現している。(分離派2参照)
この分離派運動の根幹にあるのは芸術の理念の変更であった。それまで環状道路様式で示された古典的な美学の踏襲が 時代と合わなくなっていることと同時に、生活に密着し芸術が生きたものであること、芸術が大衆のものになることを意図した。芸術家も表現者として専門ジャンルに拘ることなく、 その境界を曖昧にしていく。それは芸術を国家のものではなく個人のレベルに移そうとしたのである。主題は芸術とは国家の威信、 威容のためではなく市民の生活に関わるものであるという動きを始めたのである。
因みに分離派館の正面には 「DER ZEIT IHRE KUNST DER KUNST IHRE FREIHEIT その時代の芸術を、その芸術に自を」という銘が打たれている。
クリムトは、会長としてグループの運営に大きく関わり、展覧会や機関誌の企画に大きく関与していた。 またクリムトは分離派の後ろ盾を得て、自らの新たな絵画表現を押し進めることになる。

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